1. HOME
  2. ブログ
  3. 日本に伝わる出汁の歴史

日本に伝わる出汁の歴史

出汁と言ったら昆布とかつお節、どちらの歴史のほうが古いのでしょうか?そもそも「出汁(だし)」という言葉が文献に登場したのは室町時代で、当時の料理書にかつお節を用いた出汁の記述が見られます。昆布のほうは江戸時代に普及しましたが、昆布とかつお節では生産地がかなり離れています。

昆布とかつお節の歴史

昆布のおもな生産地は北海道から東北にかけた寒い地方で、かつお節のほうは鹿児島や高知といった暖かい地方です。どちらも江戸時代に急速に普及しましたが、庶民の口に入るまでに広がりを見せたのは、それよりもっと後になってからです。昆布やかつお節が出始めた当初は、庶民の手に入らない高級品でした。

現代では昆布やかつお節はパック化されており、手軽に新鮮な状態で食べられますが、当時は早く食べないと酸化してしまう状態でした。それまでかつお節は、大工道具のカンナを裏返したような歯の付いた削り器で、食べる直前に薄くけずって使われていました。昆布のほうはかつお節に比べると薄くて乾燥させやすいですから、保存食として利用されていました。

昆布とかつお節の合わせ出汁

昆布の旨みとかつお節の旨みを足した合わせ出汁が登場したのも、江戸時代でした。合わせ出汁は「一番出し」と「二番出汁」に分かれており、一番出しでは先に昆布を入れ沸騰直前に取り出してかつお節を投入します。一番出しはお吸い物などに使われますが、二番出汁は一番出しでもう一度だしを取る方法です。旨みが凝縮された二番だしは、煮物などに使われています。

関連記事